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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)7286号 判決 1995年6月13日

原告

二條喜代市

右訴訟代理人弁護士

山﨑敏彦

被告

日興證券株式会社

右代表者代表取締役

高尾吉郎

被告

櫻井秀親

右両名訴訟代理人弁護士

宮﨑乾朗

辰田昌弘

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一三九二万八四四〇円及びこれに対する平成元年一一月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金五〇〇〇万円及びこれに対する平成元年一一月二九日から支払済まで年五パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告日興證券株式会社(以下「被告会社」という。)は、株式取引の仲介等を目的とする株式会社であり、被告櫻井秀親(以下「被告櫻井」という。)は、当時被告会社大阪支店の証券外務員として、原告との取引を担当していた。

2  原告は、被告会社との間で、左記の証券投資信託の受益証券を取得し、その代価を支払った。

(一) 取得日 平成元年九月二〇日

銘柄 システムオープン PER

数量 一四〇〇口

代金 一四〇〇万円

(二) 取得日 平成元年一〇月一三日

銘柄 ITアロケーションファンド八九―一〇

数量 一万四〇〇〇口

代金 一億四〇〇〇万円

(三) 取得日 平成元年一一月二九日

銘柄 セクターフォーメーション八九―一一

数量 八〇〇口

代金 八〇〇万円

(以下(一)の受益証券を「システムオープン」、(二)の受益証券を「ITアロケーション」、(三)の受益証券を「セクター」という。)

3  本件各取引の経緯

(一)原告の属性及び本件取引以前の取引

原告は、大正一三年生まれの男性で、高等小学校卒業後、工員等を経て電器販売店を営み、昭和四五年ころからは卵豆腐の製造業を営んだ。しかし、そのころから心身症により通院を始め、昭和五〇年ころには入退院を繰り返した末、無職となった。

原告は、昭和五七年ころから株式取引を始め、主にワリコー(割引金融債)等の確定利回りの金融商品を購入し、手堅い銘柄の株式が見つかると、少し株式投資に回すというやり方で取引を続けてきた。

原告は、平成元年九月ころまでには、国際証券株式会社(以下「国際証券」という。)を通じて国債等に約二二〇〇万円、野村證券株式会社(以下「野村證券」という。)を通じて株式に約一億五〇〇〇万円、被告会社を通じて国債等に約一二〇〇万円を投資していた(その他、銀行預金が約一〇〇万円あった。)が、当時の異常な株価が怖くなってきた。そこで、原告は、株よりも安全でかつ銀行預金よりも利率がいいと聞いていたワリコーのように、安全確実な投資に乗り換えようと考え、保護預りとしていた株式を順次売却していった。そして、そのころ、野村證券の担当者が替わったこと、被告会社を通じて投資していた国債約一二〇〇万円が満期になること等の理由から、被告会社を通じて投資をしようと考え、被告会社大阪支店に電話をして、右国債の償還金を持参するよう依頼した。

(二) システムオープンについて

平成元年九月二〇日ころ、被告櫻井が原告宅を訪れた。

原告が、被告櫻井に対し、「もう株もなんだか怖いから、ワリコーのような確実なものを買いたい。」旨述べたところ、被告櫻井は、原告に対し、「それならもっといいものがあります。毎年利子も付くし、いつでも出せる。必ず利益があります。買いませんか。」と述べ、システムオープンの購入を勧めた。その際、被告櫻井は、原告に対し、システムオープンが「投信」であるというのみで、システムオープンについての説明パンフレット、説明書等を交付しなかったのみならず、全く示さず、その投資内容やシステムについて全く説明しなかった。原告は、投信とは、証券会社に資金を預けると、期間に従い利子が付いて返ってくるものであると考えていた。

被告櫻井の右勧誘により、原告は、前記のとおり、システムオープンを購入した。

被告櫻井は、契約書の作成の時間を含めて、約一〇分しか原告宅にいなかった。

(三) ITアロケーションについて

その後、原告は、平成元年一〇月一一日ころ、野村證券に預けていた株式の売却により、約一億四〇〇〇万円の現金が入ることとなったので、右金員をワリコーかシステムオープンのようなものに投資しようと考え、被告櫻井を自宅に呼んだ。

原告宅を訪れた被告櫻井は、原告に対し、「システムオープンよりもっといいものがあります。新聞にも出ていますよ。」と言って、持ってきた新聞の切り抜きを見せた。そして、被告櫻井は、計算機を出して計算し、「一億四〇〇〇万円分買えば、毎年四〇〇〇万円、二年で八〇〇〇万円の利益になります。間違いないですよ。」などと述べてITアロケーションの購入を勧めた。この際も、被告櫻井は、原告に対し、ITアロケーションがシステムオープンと同様のものであるというのみで、ITアロケーションについての説明パンフレット、説明書等の交付をしなかったのみならず、全く示さず、その投資内容やシステムについて全く説明しなかった。

被告櫻井の右勧誘により、原告が、ITアロケーションを「買ってみようかな。」と言うと、被告櫻井は、「二年間の換金できない時期が明けると、多くの人が換金し、価格が下がります。だから、換金できる最初の日の平成三年一〇月一七日に必ず換金してください。」と何度も念を押した。原告は、被告櫻井がここまで言うのだから必ず二年で八〇〇〇万円程度の利益が出ることは間違いないと考え、右利益の点を再度確認した上で、前記のとおりITアロケーションを購入した。

被告櫻井は、当初、被告会社大阪支店では一億円の枠しかないので、一億四〇〇〇万円ではITアロケーションを購入できないと説明していたが、原告が、なんとか一億四〇〇〇万円分買えないか、と言ったため、被告櫻井が他の被告会社支店から回すということで、原告はITアロケーションを購入したものである。

(四) セクターについて

被告櫻井は、平成元年一一月二六日ころ、原告宅に電話し、「余っているお金はありませんか。」と聞いてきた。原告が「八〇〇万円くらいならある。」と答えると、被告櫻井は、「それではすぐに伺います」と言って、電話を切った。原告宅を訪れた被告櫻井は、「一年半預けておいたら増える、前と同じものがあります。どうですか。」と言って、セクターを勧誘した。その際も、被告櫻井は、原告に対し、セクターがシステムオープンと同様のものであるというのみでセクターについての説明パンフレット、説明書等を交付しなかったのみならず、全く示さず、その投資内容やシステムについて全く説明しなかった。

被告櫻井の右勧誘により、原告は前記のとおりセクターを購入した。

(五) 本件取引後の経緯

平成二年の終わりころ、被告会社の山本某が原告方を訪れ、本件各受益証券が元本を割って値下がりをしている、申し訳ありません、などと述べた。

4  被告櫻井の勧誘の違法性

(一) 説明義務違反

被告櫻井は原告に対し、本件投資の内容について、ほとんど実質的な説明をしていなかった。

原告は、投資信託とは証券会社に資金を預けるものといった認識しかなかった。また、被告櫻井は原告宅には、契約書を作る時間を含め、約一〇分位しかいなかった。

本件取引は、多種多様な投資信託について、その具体的内容について全く説明しないで、受益証券の購入の勧誘を行った点においても、違法性を帯びる。

投資信託は元本保証であると誤解している投資家が多いのが、本件各取引当時の状況であった。しかも、原告は、主に株式の売買をしていたものであり、株式取引に必要な判断力、経験を持っていたに過ぎない。

元本割れの可能性というような基本的事実について、説明不足のため投資家が誤信した場合には、被告櫻井及び被告会社には、説明不足の過失により、投資家に生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 虚偽の説明(証券取引法五〇条一項五号違反)

被告櫻井は、本件各受益証券につき、必ず儲かるとの虚偽の説明をした。

被告櫻井は、ITアロケーション勧誘時に「一年で四〇〇〇万円利益が出ます。換金できるようになったらその日のうちに必ず換金してください。」と述べて、利益保証をした。その他の本件受益証券の勧誘に関しても、「必ず利益が上がります。」などと虚偽の説明をした。

これらの説明によって原告は本件投資が一定の利益の保証されたものであると誤信し、少なくとも元本割れがあるなどと夢にも思わず、本件投資の危険性について十分認識することなく、本件投資を行った。

(三) 断定的判断の提供(証券取引法五〇条一項一号違反)

被告櫻井は、原告に対し、本件各受益証券が必ず儲かるとの断定的判断の提供を行って、原告に投資させた。

(四) 受益証券説明書の不交付

証券投資信託法二〇条の二第一項により、委託会社は、証券投資信託の受益証券について、説明書を作成し、投資家の利用に供しなければならない。

株式の売り出しに関して目論見書の交付が証券会社に義務づけられている(証券取引法一五条二項)のように、証券取引法改正の経緯からも、証券投資信託法における目論見書に代わるものが右の受益証券説明書であるから、投資信託の募集に際しては、受益証券説明書の交付が証券会社に義務づけられているというべきである。

このことは、証券投資信託法施行規則一一条が、「(委託会社は、受益証券説明書を、)証券会社に交付させる等、投資家の利用に供する措置を講じなければならない」と規定し、また、投資信託委託会社と証券会社は密接な関係にあることが予定されているものであることからも基礎付けられる。

受益証券説明書の記載事項(受託者、元本、募集取扱手数料、運用対象、信託報酬、受益証券買取条件、株価変動準備金、償還金、信託約款変更手続)の特定は、投資信託にとって不可欠である。

右不交付によって、原告は、本件各受益証券について正しい理解をする機会を奪われ、まさに正しい理解ができなかった。その結果、原告は、本件各受益証券を購入してしまった。

5  被告らの責任

(一) 被告櫻井の責任

被告櫻井は、前記のとおり違法な勧誘により、原告に本件各取引を行わせたので、不法行為による責任を負う。

(二) 被告会社の責任

(1) 使用者責任

被告櫻井は、被告会社の業務の遂行過程で、本件不法行為を行ったもので、被告会社は被告櫻井の使用者として、被告櫻井の右行為について使用者責任を負い、被告櫻井と連帯して原告に対して損害賠償の責任を負う。

(2) 債務不履行責任

被告会社は、原告との間で、本件各投資信託に関する契約関係にあったにもかかわらず、被告会社の履行補助者たる被告櫻井の違法な勧誘行為により原告に損害を与えたものであるから、原告に対し、損害賠償責任を負う。

6  原告の損害

原告は、本件各受益証券の購入により、システムオープンについて六四八万九〇〇〇円、ITアロケーションについて五二八七万八〇〇〇円、セクターについて四二七万五二〇〇円の各損害を蒙った。

本件訴訟についての弁護士費用のうち、相当因果関係にあるのは、六三〇万円である。

7  よって、原告は、被告らに対し、連帯して、右損害(合計六九九四万二二〇〇円)のうち金五〇〇〇万円およびこれに対する最後の不法行為(セクターの購入)の日である平成元年一一月二九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  請求原因3(一)の事実は知らない。同(二)のうち、被告櫻井が、平成元年九月二〇日ころ、原告宅において、原告に対し、システムオープンの購入を勧めたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(三)のうち、平成元年一〇月一一日ころ、被告櫻井が、原告宅において、原告に対し、ITアロケーションの購入を勧めたことは認めるが、その余の事実は不知ないし否認する。同(四)のうち、平成元年一一月二六日ころ、被告櫻井が、原告宅において、原告に対し、セクターの購入を勧めたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(五)のうち、平成二年終わりころ、被告会社担当者の山本英治が原告宅を訪れたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  請求原因4の事実は否認ないし争う。

なお、原告主張の証券投資信託法二〇条の二第一項は、説明書の作成等の義務を証券投資信託の委託会社(本件各投資信託においては日興證券投資信託委託株式会社)に負わせているものであり、証券投資信託の募集を行う取扱証券会社に過ぎない被告会社が右義務を負うものではない。

4  請求原因5の主張は争う。同6の事実は否認する。

三  被告の主張

1  原告のシステムオープンの購入の経緯

(一) 平成元年九月ころ、被告櫻井は、原告の割引国債が償還され、右償還金が一二八〇万円になると原告から聞いていたことから、右償還金の再投資先として商品を購入してもらうべく、原告に対し電話した。

その際、被告櫻井は、原告に対し、「日興證券の投資信託が、新聞の記事で常に上位ランキングに載っていることを知っていますか。」と尋ねた。すると、原告は「知っている。」と返答し、興味を示したため、被告櫻井は、投資信託の説明・勧誘のため原告方を訪問する約束をした。

(二) 当時、被告会社においては、IT(「インベストメント・テクノロジー」の略)と呼ばれる、コンピューターを駆使した資金運用の手法を積極的に展開、宣伝し、現実にもITの採用以来、被告会社の投資信託運用実績は大きな成果を上げていた。そこで、被告会社においても、ITを顧客に積極的に売り込むことがセールストークとして徹底されていた。したがって、被告櫻井もITの説明をして、原告に商品の購入をしてもらうつもりで原告宅に赴いた。

(三) 平成元年九月二〇日ころ、被告櫻井は原告方を訪問し、原告に対し、システムオープンについて、以下のように説明した。

(1) 平成元年三月一三日付け日本経済新聞記事の拡大コピーを原告に交付した。そして、この記事を用い、「ITとはファンドマネージャーが行うのではなく、コンピューターが一定の法則に従って、銘柄を選別して運用を行うものです。またファンドマネージャーは一つの投資信託を運用するにあたって一人が何十本も持つため目が届きません。でもITは違います。このような面でも効率がよいです。」といった説明や、過去の実績を説明した。また、まだ株価は上昇しているが、ある程度の守りも必要である、との説明もした。

(2) 被告櫻井は、原告に対し、被告会社作成に係るシステムオープンのリーフレットを交付した。右リーフレットには、システムオープンについて、申込単位、手数料、募集期間が記載されているとともに、システムオープンが追加型株式投資信託・成長型であること、ポイントとしては、第一部上場銘柄から、企業収益に比較して株価が相対的に割安な株(低レシオ株)一〇〇銘柄以上に等金額投資し、一定期間ごとに銘柄の見直しとリバランスを行うこと、株式など値動きのある証券(外国証券には為替リスクもある。)に投資するので、元金が保証されているものではないこと等の記載もあった。

なお、被告会社では、右リーフレットを店頭等にも備付け、通行人にも自由に持ち帰られるようにしていた。また。被告櫻井は、右リーフレットを常に鞄に入れて持ち歩いており、セールスの際には右リーフレットを積極的に顧客に交付するようにしていた。

(3) 被告櫻井は、原告に対し、被告会社の社内資料を示しながら具体的説明をした。

すなわち、右資料の一頁目を示して、システムオープンが、出遅れている割安株、つまりPER(株価収益率)の低い銘柄をコンピューターを使って選んで投資を行うものであること、他社との利回り実績の比較について図表を示して説明した。

次に右資料の二頁目を示し、棒グラフを用いて、運用方法について、「少し上がったものは少し売ります。かなり上がったものは全部売ります。下がったものはナンピン買いをします。背の高さを一定にするのがリバランスです。三か月に一回見直します。」などと説明した。

更に、システムオープンは追加型の投資信託であり、いつでも換金できるが、当初六か月は売れないこと、手数料は外枠で、購入代金とは別に二パーセントであること、募集期間について説明した。

(四) 原告は、従前から継続的に証券取引をしており、証券取引の基本的用語、株式投資は元本が保証されたものでないこと及び投資信託の仕組みを十分理解していた。

したがって、被告櫻井は、原告の右知識を前提として、原告にシステムオープンの説明をしたものである。

2  原告のITアロケーションの購入の経緯

(一) 平成元年一〇月一一日ころ、原告から被告櫻井に対し、「金がある、結構大きな額だ。割引債・割引国債はどれくらいの利回りか。」との電話があった。原告の右所持金は、ビクター株式会社の株を処分した代金であるようであった。被告櫻井が、「いくらくらいになるのですか。」と尋ねると、原告は、「お前、ビクターの株価も知らんのか。」と怒った。被告櫻井は、「とりあえず持っていきます」と返答した上で、利回りをメモして、原告宅を訪れた。

(二) 被告櫻井は、原告宅で、割引債の金利を示して、「この金利は低いですよ。株が入っているのでリスクはありますが、ITでなるべくリスクの少ない方法で利益追求をする方法もあるのではないですか。二年間換金できませんけど、それでよければ話を聞いて下さい。」と述べ、ITアロケーションの説明をした。

(三)(1) 被告櫻井は、原告に対し、被告会社作成に係るITアロケーションのリーフレットを交付した。右リーフレットには、ITアロケーションについて、申込単位、手数料、募集期間が記載されているとともに、ITアロケーションが単位型株式投資信託・成長型であること、株式の運用は、わが国の証券取引所第一部上場株式から二〇〇銘柄程度以上に分散投資し、逆バリによるシステム運用を行うこと、株式など値動きのある証券(外国証券には為替リスクもある。)に投資するので、元金が保証されているものではないこと等の記載もあった。

なお、被告会社では、右リーフレットを店頭等にも備付け、通行人にも自由に持ち帰られるようにしていた。また。被告櫻井は、右リーフレットを常に鞄に入れて持ち歩いており、セールスの際には右リーフレットを積極的に顧客に交付するようにしていた。

(2) 被告櫻井は、原告に対し、被告会社の社内資料を示して具体的に説明した。

すなわち、右資料の一、二頁目を示し、ITアロケーションも、システムオープン同様、被告会社のITを活用した投資信託であること、三〇パーセントは株式組み入れを固定するが、残り七〇パーセントはITを活用して株式をどの程度組み入れるかを調整すること、運用は、日経平均二二五種を構成する二二五銘柄が対象であること、高くなれば売り、安くなれば買うという「逆バリ」を徹底させること、を説明した。

次に三頁目を示し、平均上昇率について、実際にはこんなことにはならないと思うが、試算値では年43.6パーセントになっている旨説明した。

更に、四頁目を示して、ITアロケーションは、単位型であり、二年間換金できないこと、信託期間は五年であること、募集期間を説明した。

(3) 被告櫻井は、ITアロケーションの換金について、原告に対し、「二年後に換金できますが、その後持っていてもかまいません。一般論としてはクローズド期間明けに換金が多くなり、そのためのお金が必要となるため株式組み入れ率が下がり、上昇カーブは緩くなりますよ。」と述べた。

(四) 原告は、被告櫻井の右説明を十分理解していた。

なお、この際、被告櫻井は、その他にも、国債型ユニット等の投資信託の説明も行った。しかし、原告は、面倒なので一つにまとめてくれと要望したため、ITアロケーションのみを購入することになった。

3  原告のセクター購入の経緯

(一) 平成元年一一月二六日ころ、被告櫻井は、原告に対し、セクターを勧誘しようと電話し、「一年くらい置いておけるお金がありますか。」と尋ねたところ、あるとの返事をもらったため、原告宅を訪問した。

(二) 被告櫻井は、原告に対し、セクターについて、原告宅で説明した。

(1) 被告櫻井は、原告に対し、被告会社作成に係るセクターのリーフレットを交付した。

右リーフレットには、セクターについて、申込単位、手数料、募集期間が記載されているとともに、セクターが単位型株式投資信託・成長型であること、株式部門は、被告会社独自のITを駆使し、我が国の証券取引所第一部上場株式の中から市場性等を勘案した銘柄を一五業種に分類し、それぞれの業種の動きをシステマティックにとらえ、上昇を期待できる五ないし七業種を選定し、一定期間ごとに組入業種の見直しとリバランスを行い、売買益の獲得を目指すものであること、株式など値動きのある証券(外国証券には為替リスクもある。)に投資するので、元金が保証されているものではないこと等の記載もあった。

なお、被告会社では、右リーフレットを店頭等にも備付け、通行人にも自由に持ち帰られるようにしていた。また。被告櫻井は、右リーフレットを常に鞄に入れて持ち歩いており、セールスの際には右リーフレットを積極的に顧客に交付するようにしていた。

(2) 被告櫻井は、被告会社の社内資料を示しながら原告に説明した。

すなわち、右資料の一頁目を示し、株式銘柄を一五の業種に分けて、その中から割安株を選ぶこと、リバランスについては前のものと同じであることを説明し、「結局、フィルターが二つあることになります。」と述べた。

次に、二頁目を示し。信託期間は五年であること、クローズド期間が一年六か月であること、募集期間等について説明した。

被告櫻井の右説明は、他の受益証券の際よりも比較的簡単なものとなっているが、これは、原告が既にITの内容について十分に理解していたためである。

4  被告櫻井は、平成二年八月ころ、原告に対し、東京に転勤になること、後任の担当者は山本英治であることを連絡し、更に、山本とふたりで、原告方に引き継ぎの挨拶に訪れた。

その際、被告櫻井は、原告からの全預り金と時価を記載したものを持参した。原告が、本件各受益証券が元本割れしていることについて、「下がっているやないか。大丈夫か。」と尋ねてきたので、被告櫻井らは、「クローズド期間ですから立て直しをしているところです。」などと説明したため、原告も納得していた。元本割れについて、話が違うというような異議は一切なかった。

被告櫻井が山本に引き継ぎを終えた後も、しばらくの間、原告は、山本に対し、元本割れについて苦情を寄せなかった。

5  原告の投資経験

(一) 原告は、昭和六〇年一〇月以来被告会社を通じて証券取引を行っており、それ以前にも他社を通じて取引をしていた。しかも、その取引内容は、相当程度の判断能力が必要とされる取引であった。

(二) 原告は、昭和五七年一一月、国際証券を通じて、「野村ジャンボ」という投資信託の取引をしていた。

また原告は、中期国債ファンドの取引を行っている。中期国債ファンドは、中期国債を主な投資対象とし、収益分配金を一か月ごとに自動的に再投資する追加型公社債投資信託であり、投資信託の一種である。

(三) 原告は、昭和六一年六月一六日、国際証券を通じて、日本ビクター株を信用取引で購入し、その後、同月一九日になった時点で、ワリチョーの単価が九六円八二銭になった段階で現引きしているが、これは、日本ビクター株が買いたかったものの、資金源であるワリチョーの単価が上がっていなかったため、つなぎとして信用取引で購入したものであるということができ、少しの利益も見逃さないという原告の投資態度が現れている。

更に、原告は、昭和六二年八月二四日、野村證券を通じて信用取引によって日本ビクター株を買い付け、その担保として、同月二五日、野村證券株及び金五九〇万円を、同月二六日、東京海上と安田火災海上株をそれぞれ提供し、同年九月一〇日に右取引を決済しているが、この場合も、原告は、どうしても日本ビクター株が買いたかったが、中期国債ファンドを解約できなかったため、つなぎとして信用取引を利用したものであり、手持ち資金を遊ばせず効率的に運用しようとする投資方法をとっていたということができる。

四  原告の反論

1  ITアロケーション購入の際、被告櫻井の勧誘の当初から、原告が、被告櫻井に対し、一億四〇〇〇万円の金が用意できる旨話したとの事実は認めるが、割引債の価格を尋ねたり、ビクターの株価について話したとの事実は否認する。

2  被告会社担当者の引き継ぎの際、原告が、本件各受益証券の当時の価格を尋ねたり、書面をもらったりしたとの事実は否認する。原告は、本件各受益証券が元本割れしたことについても全く知らなかった。

3  原告は、本件各取引以前には、主として単純な株式の売買をしていたにすぎず、PER等の株式用語も知らなかった。右のような取引経験やそれに必要な判断能力によって、原告に投資信託のシステムが当然に理解できたはずであったとはいえない。

原告が野村ジャンボ及び中期国債ファンドの取引経験があったことは認める。しかし、右は、いずれも公社債信託(元本割れのリスクがなく、元利金もほぼ確定している。)であった。原告には、株式投資信託の経験はなかった。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第二号証、第三号証、第四号証(ただし、一部)、第五号証、第六号証、第一一ないし第一三号証の各一、第一三号証の二、乙第一号証、第二八号証(ただし、一部)、第三〇ないし三三号証、原告本人尋問の結果により原告作成部分について真正に成立したと認められ、その余の部分につき成立に争いのない甲第一一、第一二号証の各二、被告櫻井本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第二ないし第七号証、弁論の全趣旨から真正に成立したと認められる乙第八ないし第二七号証、原告及び被告櫻井本人尋問の各結果(ただし、いずれも一部)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

1  原告の属性

原告は、大正一三年生まれの男性で、昭和四五年ころから卵豆腐の製造業を営んだが、そのころから心身症を患い、通院を始めた。昭和五〇年ころから入退院を繰り返すようになり、仕事も辞め、貯金の利子で生活をしていたが、昭和五七年ころから、主に株取引、ワリコー等の債券の運用で生活資金を得るようになった。

原告は、昭和五七年ころから証券取引を始めた。昭和五七年一一月二四日から平成四年四月二〇日までの間に、原告が行った証券取引は、別紙原告取引一覧表の記載のとおりであり、原告の投資手法は、多額の資金を堅調な銘柄の証券に投資するというものであった。なお、原告は、平成元年九月当時、国際証券に国債を約二二〇〇万円、野村證券に株式を約一億五〇〇〇万円、被告会社に国債等を約一二〇〇万円を有し、その他に銀行預金約一〇〇万円を有していた。

また、原告は、昭和五七年一一月二四日、国際証券を通じて、投資信託「野村ジャンボ」の受益証券を購入し、更に、国際証券及び野村證券を通じて、数度にわたり、中期国債ファンドの取引を行っている。ただし、右の「野村ジャンボ」及び中期国債ファンドは、いずれも株式の組入れを一切認めない公社債投資信託といわれるものであり、高収益の期待は困難であるが、安定収益を期待でき、元本割れの危険が事実上存しないような種類の投資信託であった。

2  本件各投資信託について

(一)  システムオープンについて

システムオープンは、信託期間一〇年(平成一一年九月二一日まで)の追加型・成長型株式投資信託であり、投資対象は株式一〇〇パーセントである。東京証券取引所第一部上場銘柄の中から、企業収益を比較して株価が相対的に割安な株(低レシオ株)一〇〇銘柄以上に等金額投資し、原則として三か月毎に投資対象銘柄の見直しと等金額リバランス(より値上がりした銘柄を一部売却し、相対的に値下がりした銘柄を一部買いまし、結果的に一銘柄当たりの投資金額が等しくなるよう再調整すること。)を行う。毎期、配当等収益は原則として全額分配し、売買益も基準価格水準に応じて可能な限り分配する。決算日は毎年九月二一日。支払予定日は一〇月一日。クローズド期間は六か月(平成二年三月二〇日まで)。

(二)  ITアロケーションについて

ITアロケーションは、信託期間五年(平成元年一〇月一八日から平成六年一〇月一七日まで)の単位型・成長型株式投資信託であり、投資対象のうち、三〇パーセントは株式に固定され(組入上限は一〇〇パーセント)、残七〇パーセントは株式組入調整部分として、独自の手法で日経平均二二五先物(株価指数先物取引)を利用するなどする。第一部上場株式の全銘柄の中から二〇〇銘柄以上を選定し、分散投資を行う。原則として、一定期間毎にリバランスを行う。クローズド期間は二年(平成三年一〇月六日まで)。

(三)  セクターについて

信託期間五年(平成元年一一月三〇日から平成六年一一月二九日まで)の単位型・成長型株式投資信託であり、投資対象は株式一〇〇パーセント。日経五〇〇種平均を構成する銘柄を一五の業種に分けて、過去の株価騰落率をもとに割安と判断される五ないし七銘柄を選んで、各業種及び業種内の銘柄ごとに等金額投資をし、原則として三か月毎に業種の見直しと等金額リバランスを行う。第四期のみ収益等を分配する。クローズド期間は一年六月(平成三年五月二八日まで)。

3  システムオープンに関する勧誘状況

前記のとおり、原告は、野村證券等を通じて、多額の株式取引を行っていたが、当時の過熱した相場に不安を覚えていた。また、原告は、被告会社を通じて割引国債に投資していたが、右不安感のため、右国債一二八〇万円が満期になるにつき、右償還金を資金として、被告会社を通じて新たに手堅い、株式とは別の、ワリコーのような商品に投資しようと考え被告会社大阪支店に対し電話で連絡し、右国債の償還金を持参してくれるよう依頼した。

右連絡を受けて、被告櫻井が、平成元年九月二〇日ころ、原告宅を訪れた。その際、原告は、被告櫻井に対し、「ワリコーのような確実なものが買いたい」旨述べた。これに対し、被告櫻井は、「それならもっといいものがあります。毎年利子も付くし、いつでも出せる。」などと述べ、平成元年三月一三日付日本経済新聞の「金融最前線―日興証券のIT戦略」と題する記事のコピー(乙第一号証)を示した(ただし、右コピーを原告に交付したことはなかった。)。

(なお、被告らは、この際、被告櫻井が、原告に対し、システムオープンについてのリーフレット(乙第二号証と同じもの)を交付した(ただし、被告櫻井は、右リーフレットを勧誘時の説明には用いなかった。)と主張するが、右を認めるに足る証拠はない。)。

被告櫻井は、更に、システムオープンに関する被告会社の内部資料(乙第三号証)を示しながら、システムオープンは、割安でPER(株価収益率。株価を一株あたりの利益で除したもの。)の低い一五〇銘柄をコンピュータで選んで、見直しを行いながら投資を行っていくものであること、被告会社が開発したITによれば、いろいろな銘柄及び株数につき模擬売買のシュミレーションができ、先に起こることを想定して効率的な投資を行い、リスクを回避することができること、前年一年間に出た二六本の投資信託のうち二五本でITを利用して、その平均利回りは年平均二〇パーセント近くになっていること等を、図表を示しながら説明した。また、当初六か月間は、クローズド期間(当該受益証券の換金不能な期間)であって、当該受益証券を換金できないことも説明した。更に、被告櫻井は、原告に対しシステムオープンの投資リスクについては、システムオープンは、株式で運用するので受益証券の価格が上下するが、それを減らす方法を開発した商品であるとのみ説明し、システムオープンが元本割れをする危険性があることについては何ら説明しなかった。

また、被告櫻井は、原告に対し、右勧誘の際に、システムオープンに関する受益証券説明書を交付しなかった。

原告は、右のような被告櫻井の説明によって、システムオープンの購入を決意し、平成元年九月二〇日、右購入契約を締結し、同日、被告会社に対し、受益証券代金一四二八万八四〇〇円を支払った(乙第二一号証)。その後間もなく、被告櫻井は、原告に対し、右受益証券の預り証(甲第一一号証の一)を交付した。なお、右預り証には、お預かり種類として「投信」、償還日として「平成一一年九月二一日」、償還支払い開始日として「平成一一年一〇月一日」、換金不可能期間として「平成二年三月二〇日まで」と記載されていた。また、右交付の際、被告櫻井は、右預り証を入れた形で被告会社が顧客に対し交付する封筒(甲第一一号証の二)に、原告の求めに応じて、「一〇月一日利払い(毎年)」と記入し、他方、その後、原告は、右封筒に「一四〇〇万円、一〇年、いつでも換金できます」と自ら記入した。

4  ITアロケーションに関する勧誘状況

原告は、平成元年一〇月九日、野村證券を通じて日本ビクターの現物株三〇〇〇株を約一億四七五〇万円で売却したが、右で得た売却代金を割引債ないし割引国債に投資しようと考え、右同日ころ、被告櫻井に対し、割引債等の利回りについて問い合わせた。

原告は、原告宅を訪れた被告櫻井に対し、「株式は価格がだいぶ上がってきているので、買いたくない。何か他のものに投資したい。」旨述べた。被告櫻井は、原告が求めているのは貯蓄性の金融商品であることを理解したが、原告から問い合わせのあった割引債等の利回りが三パーセント前後であることを示しながら、「この金利は低い。ITならなるべく少ないリスクで利益追求ができる。ただし二年間は換金できない。」旨述べた。

(なお、被告らは、被告櫻井が、この際、原告に対し、ITアロケーションのリーフレット(乙第四号証と同じもの)を交付した(ただし、被告櫻井は、右リーフレットを勧誘時の説明には用いなかった。)と主張するが、右を認めるに足る証拠はない。)

被告櫻井は、更に、右に関する被告会社の社内資料(乙第五号証)を示しながら、右受益証券は、ITを活用して株式の組み入れ比率を随時変えていく「アセット・アロケーション(資産配分)」を採用し、安定的かつ高収益を目指していること、その平均上昇率は試算値で年43.6パーセントにもなる、などと説明した。しかし、ITアロケーションが元本割れする危険性があることについては何ら説明しなかった。

また、被告櫻井は、原告に対し、右勧誘の際、ITアロケーションに関する受益証券説明書を交付しなかった。

原告は、右のような被告櫻井の説明によって、ITアロケーションの購入を決意し、平成元年一〇月一三日、右購入契約を締結し、同日、被告会社に対し、受益証券代金一四〇〇万円を支払った(乙第二二号証)。被告櫻井は、原告に対し、右受益証券の預り証(甲第一二号証の一)を交付した。なお、右預り証には、お預かり種類として「投信」、償還日として「平成六年一〇月一七日」、償還支払開始日として「平成六年一〇月二七日」、換金不可期間として「平成三年一〇月一六日まで」と記載されていた。また、右交付の際、被告櫻井は、右預り証を入れた形で被告会社が顧客に対し交付する封筒(甲第一二号証の二)に、原告の求めに応じて、「満期平成六年一〇月一七日、換金可能日平成三年一〇月一七日(ただし、一度「一六日」と記入したものを訂正したもの。)」と記入し、他方、その後、原告は、右封筒に「平成三年一〇月一七日換金(特注意)」「この日に必ず換金する事」と自ら記入した。

5  セクターに関する勧誘状況

被告櫻井は、平成元年一一月二六日ころ、原告に対し電話をし、原告に資金の余裕があるならば訪問したい旨申し入れた。

原告宅を訪れた被告櫻井は、(被告らは、被告櫻井が、この際原告に対し、セクターに関するリーフレット(乙第六号証と同じもの)を交付した(ただし、被告櫻井は、右リーフレットを勧誘時の説明には用いなかった。)と主張するが、右を認めるに足る証拠はない。)、セクターに関する被告会社の内部資料(乙第七号証)を示して、セクターは、日経五〇〇種構成銘柄を選んで投資するものであること、クローズド期間は一年六か月であること、セクターには安定成長型と成長型があるが、今回は成長型を勧めること、などについて説明したが、セクターが元本割れする危険性があることについては何ら説明しなかった。しかも、被告櫻井は、右勧誘の際、原告は既にITの内容について十分に理解しているものと考え、先に勧誘した二種類の受益証券の際に比べて、説明は簡単になっていた。

また、被告櫻井は、原告に対し、右勧誘の際、セクターに関する受益証券説明書を交付しなかった。

原告は、右のような被告櫻井の説明によって、セクターの購入を決意し、平成元年一一月二八日、右購入契約を締結し、同月二九日、被告会社に対し、受益証券代金八〇〇万円を支払った(乙第二二号証)。被告櫻井は、原告に対し、右受益証券の預り証(甲第一三号証の一)を交付した。なお、右預り証には、お預かり種類として「投信」、償還日として「平成六年一一月二九日」、償還支払開始日として「平成六年一二月九日」、換金不可期間として「平成三年五月二八日まで」と記載されていた。また、右交付の際、被告櫻井は、右預り証を入れた形で被告会社が顧客に対し交付する封筒(甲第一三号証の二)に、原告の求めに応じて、「平成三年五月二九日より換金可能」と記入した。

6  本件各取引後の経緯

被告櫻井は、本件各取引の後、原告に対し、株式投資信託「CB・債券ファンド九〇―四(分配型)」の受益証券の購入を勧誘し、原告は、右勧誘により平成二年四月一七日、被告会社を通じて、右受益証券二四〇口を代金二四〇万円で購入する契約を締結し、同月一八日、右代金を被告会社に支払った(乙第二三号証)。

平成二年八月ころ、被告櫻井は、後任の原告の担当者である山本英治を伴い、原告方に転勤と引継ぎの挨拶に訪れ、その際、当日の被告会社の原告からの預り残高を記載したコピーを持参し、原告に交付した。

原告は、被告会社から、システムオープンの平成二年一〇月一日分に係る配当等収益分配金として、三万円が支払われる旨の連絡を受け、右金額が予想を下回っていたことから、被告会社に苦情の連絡をした。しかし、被告会社からは、「どうしようもない。後日こちらから連絡する。」旨の返事しかもらえなかった。

約二か月後の同年末、原告が再度被告会社に苦情の連絡をしたところ、被告櫻井の後任の担当者である山本英治が原告方を訪れ、本件各受益証券は、いずれも元本割れしていることを説明した。

三  前記二3ないし5の認定に関して、被告櫻井は、本人尋問において、本件各受益証券の購入の勧誘時に、原告に対し、本件各投資信託は株式に投資するものであるから、本件各受益証券の元本割れは当然保証されるものではない、と説明した旨供述する。

しかし、前記二の認定のとおり、原告は、当時の異常な株高に不安を感じていたのであり、それ故、被告櫻井に対しても、当初からワリコーのような安全なものが欲しい旨希望を述べていたのであるが、被告櫻井は、原告の右のような相場感と投資スタンスを十分了知していたにもかかわらず、原告に対し、株式又は株式指数先物取引を投資対象とし、株価と密接不可分に連動する商品である本件各受益証券の購入を勧誘したものである。そうである以上、原告の従前の比較的堅実な投資態度と前記の本件各取引当時の投資スタンスに鑑みれば、原告が、被告櫻井から、本件各受益証券の性格、すなわち、それが、株価と密接に連動しており、高い利回りも期待できる反面、元本の保証もないことにつき、十分な説明を受けてこれを理解していれば、原告は、これらの受益証券を購入したものか多大な疑問がある。それにもかかわらず、原告が、多額の資金を投じて、本件各受益証券を購入したことは、逆に、原告が被告櫻井から右説明を受けなかったものを推認される。

また、被告櫻井が、本件各受益証券の購入勧誘の際に、説明のため専ら使用したと述べる前掲乙第三、第五、第七号証には、過去の運用実績が実現できるとは限らない旨の断り書はあるものの、受益証券の元本割れに対する警告は一切記載されていない。したがって、被告櫻井が、右各文書の記載内容を越えて、原告に対し、敢えて、本件受益証券の元本割れの事実を説明したか、疑問がある。

のみならず、被告櫻井の供述をみるに、当初、被告櫻井作成の陳述書(乙第二八号証)には、本件各受益証券の具体的な説明内容が全く記載されておらず、むしろ本件各投資信託が株式に投資することがわかっていた以上、原告が右各受益証券につき、元本割れを生じる危険性を知っていたはずであるとの趣旨に理解できる内容となっている。また、同被告の本人尋問においても、被告櫻井は、当初の尋問に対しては、「原告に対し、元本保証であるとは説明していない。元本を保証するものではない旨の記載のあるリーフレットを、商品説明には用いなかったものの、原告に対し交付した。」との趣旨を述べていただけであったにもかかわらず、尋問が進むにつれて、「原告に対し、元本を保証するものではない、と説明した。」として、その具体的な説明内容にまで触れる旨の供述をするに至っている。すなわち、被告櫻井の供述は、そもそも主尋問又は陳述書で述べられていてしかるべき自らに有利な事情が、後の反対尋問において逐次明らかになり、かつ、詳細になっているのであって、右は、供述の経過としても、不自然な変遷であるといわざるを得ず、この観点からみても、被告櫻井の供述は信用性に乏しいということができる。

以上の事情を総合すると、被告櫻井の前記供述は採用することができない。

四  株式投資信託について

1  証券投資信託・株式投資信託について

証券投資信託とは、信託財産を委託者の指図に基づいて特定の有価証券に対する投資として運用すること(当該運用に関連して有価証券指数等先物取引、有価証券オプション取引又は外国市場証券先物取引を行うことを含む。)を目的とする信託であって、その受益権を分割して不特定かつ多数の者に取得させることを目的とするものである(証券投資信託法(以下「投信法」という。)二条)。

わが国の証券投資信託は、委託会社(証券投資信託の委託者となることを業とする会社)を委託者とし、信託会社又は信託業務を営む銀行を受託者として締結される証券投資信託契約によってなされる契約型投資信託である(投信法四条一項)。証券投資信託の受益権は、均等に分割され、右分割された受益権が受益証券に表章され、その譲渡及び行使は受益証券をもってなされる(投信法五条)。

委託会社は、受益証券について、大蔵省令(証券投資信託の委託会社の行為準則に関する省令)で定めるところにより、説明書(受益証券説明書)を作成し、当該証券を取得しようとする者の利用に供しなければならない。

(なお、右説明書の作成及び交付は、法律上は、委託会社に義務づけられているに止まっており、投資家に受益証券を取得させる証券会社に義務づけられてはいない。しかし、大蔵省証券局は、行政指導によって、証券投資信託の受益証券の募集又は販売を取り扱う証券会社に対し、その業務方法書に、証券投資信託の受益証券を投資家に取得させる場合には、投信法に規定する説明書を予め又は同時に交付する旨を記載することを要求している。したがって、証券会社も、業務方法書の記載を通じて、説明書の交付を直接に義務づけられる結果となっている。)

証券投資信託を、投資対象によって分類すると、株式投資信託と公社債投資信託とに分かれる。株式投資信託は、株式を投資対象に含む投資信託であり、その他、公社債や転換社債等を投資対象に含んでいることもあり、株式について組入比率が種々設定されている。公社債投資信託は、国債、社債等の公社債のみを投資対象とするもので、株式の組入れは認められておらず、そのため高い収益は期待し難いが、安定収益は期待できる。

公社債投資信託が、安定した利回りを目標に、値動きの少ない安定した証券を運用するものであるのに対し、株式投資信託は、値上がり益の追求を目標として株式を中心に運用する投資信託であって、一方で大きな値下がりリスクも負っているものということができる。

2  募集勧誘行為の規制について

前述のとおり、受益証券については、証券取引法上の有価証券の募集又は売出の届出に当たっての企業内容の開示等に関する規定(同法第二章)は、受益証券には適用されない(証券取引法三条)。しかし、受益証券は、証券取引法上の有価証券であり(同法二条一項七号)、証券会社又はその役員若くは使用人の行う受益証券についての投資勧誘に関しては、証券取引法及びその下での大蔵省令(健全性省令等)の規定が当然に適用される。

また、証券投資信託協会業務規程(以下「業務規程」という。)は、証券会社が行う受益証券について特別の規制を行っている。すなわち、証券会社は、受益証券の募集及び販売に際し、商品の性格に応じた資金の確保に努めるともに(適合性の原則。業務規程八条)、元本割れ又は利回りの保証、元本が保証されているかの如き誤解を与える表示、証券投資信託についての委託会社、受託会社及び証券会社のそれぞれの業務内容について誤解を与える表示、証券投資信託の将来の運用成績についての断定的判断を提供する表示をしてはならない(業務規程九条、一一条)。また、株式投資信託の新聞又は雑誌の記事広告には、運用は株式中心であるから信託財産の価額は組入株式の値動きによって変動し、その損益は全て投資家のものとなる趣旨の文言を記載することが要求されている(業務規程一二条)。

五  ところで、およそ証券取引は、本来的に危険を伴う取引であって、証券会社が顧客に提供する情報等も不確定な要素を含み、予測や推測の域を出ないことが多いのが通常であるから、投資家自身において、当該取引の危険性とその危険に耐えるだけの相当の財産的基礎を有するかどうかを自らの判断と責任において行うべきものである(自己責任の原則)。しかし、証券取引が自己責任において行われるべきものであるということは、証券会社の行う投資勧誘がいかなるものであってよいことを意味するものではなく、証券市況に影響を及ぼす高度に技術化した情報が証券会社等に偏在する一方で、大衆投資家が証券市場に多数参入している状況下においては、証券取引の専門家としての証券会社の助言、説明等を信頼して証券取引を行う投資家の保護が図られるべきであることもいうまでもない。

証券投資信託に関する投信法等の法令上の規定、大蔵省証券局による通達、証券投資信託協会の内規等の存在も、右趣旨に沿ったものであると解するのが相当である。

もとより、これらの法令、通達、内規等は、公法上の取締法規ないしは営業準則としての性質を持つに過ぎないものであって、これらの定めに違背した証券会社の顧客に対する投資勧誘等が私法上も直ちに違法となって、不法行為を構成するものではない。しかし、証券取引の特質や特殊性に鑑みるとき、証券会社の使用人は、投資家に対し、虚偽の情報又は断定的情報等を提供するなどして、投資家が、当該取引に伴う危険性について正しい認識を形成することを妨げるようなことは回避すべく、また、投資家の投資目的、財産状態及び投資経験に照らして明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなどして、社会的に相当性を欠く手段又は方法によって不当に当該取引への勧誘をすることを回避すべき注意義務があるものというべきであり、証券会社の使用人がこれに違背したときは、当該取引の一般的な危険性の程度及びその周知度、投資家の職業、年齢、財産状態及び投資経験、その他の当該取引がなされた具体的状況のいかんによっては、私法上も違法となるというべきであり、右証券会社は、このような違法な投資勧誘に応じて証券会社と証券取引をして損害を被った投資家に対しては、使用者責任に基づく損害賠償責任を免れないものと解するのが相当である。

六 本件のような証券投資信託についても、証券会社が投資家に対し勧誘するに当たり、断定的判断の提供等による勧誘を控え、投資の適合性の如何を考慮するとともに、その特質や危険性について適切な説明を行うべき義務を負っているというべきである。右にいう適切な説明とは、投資の有利性等に比重を置いた説明、当該投資信託が何型の投資信託であるかなどという当該投資信託の態様の形式的抽象的な説明にとどまらず、投資家が投資の適否について的確な判断をなし得るに足る情報の提供ないしは投資家が自らそのような情報を収集すべき必要性があることを自覚するに足る注意喚起のために必要十分なものであることを要し、当該投資信託の特質や危険性に関する枢要な要素については、これを十分に理解できるようにすべきである。

ところで、本件のような株式投資信託は、前記のとおり、安定的な公社債投資信託とは異なり、その投資対象に株式を高い割合で組入れている(全部が株式の場合も含まれる。)ため、運用の原資である信託財産の目減りにより、受益証券が元本割れする危険性が不可避的に存在する。したがって、証券会社及びその営業担当社員としては、顧客に対し株式投資信託の受益証券の購入を勧誘する場合には、少なくとも、右受益証券が元本割れの危険性を有していることについて説明を行う義務があるというべきである。

七  以上の観点から、前記二の事実認定を前提として、被告櫻井による原告に対する本件各受益証券の購入の勧誘の違法性につき検討する。

1  断定的判断の提供等による不当勧誘について

前記二の認定のとおり、本件各受益証券の購入勧誘時における被告櫻井の勧誘の態様は、せいぜい、過去の株価の変動から試算した結果、各投資信託について見込まれる利回りの予測をそのまま述べたものであるに過ぎないものというべきであり、それ自体は後述のように勧誘方法として相当性に疑問があるものの、原告主張のごとき、断定的判断の提供または虚偽の説明を被告櫻井が行ったものとは認めることはできない。

2  受益証券説明書の不交付について

前記二の認定のとおり、被告櫻井は、本件受益証券のいずれの勧誘の際も、原告に対し、受益証券説明書を交付しなかった(なお、事後にも、全く交付していない。)。そして、前記四1で述べたように、本件各投資信託契約上は委託会社のために投資家の募集を行う証券会社にすぎない被告会杜も、投資家である原告に対し、受益証券説明書の交付義務を負っているものというべきである。

しかし、同時に、前記のように、受益証券説明書の交付を義務づけているのは、公法上の取締法規ないし営業準則等にすぎないのであって、右違反が直ちに私法上も違法となるものでない以上、本件においても、勧誘時において受益証券説明書が交付されていなかったとの一事をもって、本件各受益証券の勧誘が直ちに違法になるとするのは相当でない。

受益証券説明書不交付の事実は、後述の説明義務の違反を推認させる間接事実の一つとして考慮すれば足りるというべきである。

3  説明義務の違反について

被告櫻井が原告に対しなすべきであった説明義務の内容は、前記六のとおりであり、同人が実際になした説明の内容は前記二のとおりである。

すなわち、被告櫻井は、原告に対し、せいぜい、本件各投資信託の投資対象には株式が含まれていること、及び、過去の株価の変動から試算した結果、各投資信託について見込まれる利回りの予測について説明したにすぎず、本件各受益証券が元本割れの危険性を有することにつき説明をしなかったものと認めることができる。

なお、被告らは、原告が「野村ジャンボ」及び中期国債ファンドといった投資信託の経験があることを強調している(右取引の事実については当事者間に争いはない。)が、右はいずれも公社債投資信託であり(「野村ジャンボ」について甲第一六号証)、事実上元本割れの危険のない安定投資志向の商品であるから、右の取引経験をもって、本件のようなハイリスクの危険のある株式投資信託の説明義務が軽減される余地はないというべきである。更に、被告らは、原告が、右各受益証券の購入後も投資信託「CB・債券ファンド九〇―〇四」の受益証券を購入している(にもかかわらず、本訴において、右証券の購入による損害を請求に加えていない。)との事実(右事実自体は当事者間に争いがない。)を指摘するが、事後に投資信託の受益証券を購入しているからといって、本件各受益証券の購入の勧誘が不当でなかったとの事実が推認できるものではない。

以上より、被告櫻井の原告に対する本件各受益証券の購入の勧誘は、原告の投資判断について必要な情報の提供を欠いた、説明義務違反の違法があったものと認めるのが相当である。そして、被告櫻井には、この点について過失があったということができ、被告櫻井は、原告に対する不法行為責任、被告会社は、被告櫻井の使用者として、原告に対する使用者責任を負う。

八  賠償すべき損害額について

1  原告が本件各受益証券を購入した代金(システムオープンが一四〇〇万円、ITアロケーションが一億四〇〇〇万円、セクターが八〇〇万円)及び右各証券の本件口頭弁論終結時の価額(システムオープンが七五一万一〇〇〇円、ITアロケーションが八七一二万二〇〇〇円、セクターが三七二万四八〇〇円)については、当事者間に争いがない。したがって、本件各受益証券の取引で原告が直接被った損失は、右差額六三六四万二二〇〇円である(ただし、原告は、右損害と相当因果関係にある弁護士費用を含めた損害総額の一部請求として、金五〇〇〇万円の支払を求めている。)。

2  次に、過失相殺について検討する。

(一)  被告櫻井の本件取引における勧誘は、前記のとおり、違法なものであるが、殊更に断定的判断、虚偽ないし誤導する事実を提供したようなものでなかったし、また、説明義務違反の点に関しても、株式投資信託の危険性に直結した特質として前記七3で述べた点については説明を怠っていたものの、本件各投資信託に関する他の点(例えば、本件各投資信託のクローズド期間や原告にとって本件各受益証券を換金すべき時期など)については、前記二の認定のとおり、被告会社の社内資料を示すなどして、本件各投資信託の投資対象に株式が含まれていることにつき説明を行ったと認められることからすると、右説明義務違反の違法性の程度はさほど大きなものではなかったということができる。

(二)  これに対し、原告は、右の違法な勧誘があったとはいえ、被告櫻井の説明以上に株式投資信託ないし本件各受益証券が表章する権利等に関して詳細を知ろうと努めることもなく、多額の投資を三回にわたり敢行したものである。本来、利殖を目的として取引をする以上、原告は、自らその取引の危険性等について調査研究に努めるべきであって(前記二1認定の原告の属性及び本件取引以前の証券等取引の経験度に照らせば、原告に対し右努力を求めることは決して過大な要求であるとはいえないということができる。)、右努力を怠りながら、損害を被ったからといって、これを全て被告の責に帰すことはできないというべきである。また、本件契約締結時においては、その後の株式相場の動向如何によっては、本件受益証券の価値が上昇する可能性もあったのであり、たまたま株式市場全体の株価下落に伴い、本件受益証券の価値が下落したとしても、その結果を被告の全面的な責任とすることは相当でないということができる。更に、前記認定の原告の属性及び本件取引以前の証券取引の経験度に照らせば、原告は、証券取引に関して相当の経験と実績を有し、十分な判断力を備えていたと評価してよいのであるから、本件各受益証券が換金可能になった日(システムオープンにつき平成二年三月二一日、ITアロケーションにつき平成三年一〇月一七日、セクターにつき平成三年五月二九日。)以降は、自らも情報を収集するなどして、右時点以降の損失回避について合理的選択を行い得たと期待してもよいということができる。そうすると、右時点以降の本件各受益証券の価値下落分には、原告が、右時点においてなお、本件各投資信託の商品性について調査することなく本件各受益証券を保有し続けたことに起因する部分も含まれることも否定し得ないというべきである。

(三)  以上のような諸事情を考慮すると、原告の前記損害の発生につき、原・被告らの過失割合は、原告が八割、被告らが二割と認めるのが相当である。

3  以上により、本件取引による損失のうち、被告らが原告に対し損害賠償をなすべき金額は、一二七二万八四四〇円である。右損害額と相当因果関係にある弁護士費用は、金一二〇万円と認める。したがって、被告が原告に対し賠償すべき損害額は、合計金一三九二万八四四〇円である。

九  以上により、原告の請求は、金一三九二万八四四〇円及びこれに対する最終の不法行為(セクターの購入)の日である平成元年一一月二九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条ただし書をそれぞれ適用し、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中路義彦 裁判官森宏司 裁判官横山泰造)

別紙原告取引一覧表〈省略〉

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